

一時期は「牛すじ」(以下、「すじ」に略)が大嫌いだった。それは子ども時代の原体験からだ。幼稚園から中学生までの大部分を祖父母に育てられるという生育歴は、食においても大きな影響をわたしに与えた。当時の食生活で特に印象的なメニューは本題の「すじと菜っ葉」だ。「すじと菜っ葉(主に白菜かネギ)」を醤油と砂糖だけで味付けし、とてつもなく大きな鍋でただ煮るだけというこのメニューは、量が多いだけになかなか無くならない。そればかりか、やっと1日分を食べ終わってもシンプルな材料をまた煮るという繰り返し。最低でも3〜4日続くことが常だった。回を追う程だだ辛くなり(特に菜っ葉が)、余り減らないという地獄のメニューだ。また、祖母は料理があまり好きではなかったらしく、「すじ」の処理も適当で独特の臭みをそのまま残していたばかりか、油っぽく、とても固かったため、わたしの「すじ」嫌いに拍車をかけた。
祖父母が農業を営んでいたため、菜っ葉の収穫期には安上がりなこのメニューが定番となる。「また同じおかずや」と文句も言えない。言おうものなら「なんでも食べれるだけ幸せなんや」と説教がはじまる。つまり、子ども時代に食べ過ぎて嫌いになったというおきまりのパターンだ。
当時をともに歩んだ年代で、ある食品がいまだに食べられないという辛い体験をもっている人も多い。
そんなわたしの中の思い込みを払拭してくれたのは、ある「おでん屋台」で食べた「すじ」の味だ。見事に処理されたそれは、柔らかく、臭みをおさえながら素材のもつ旨みを引き出していた。その時に食べられる適量、素材と味付けのバランス、旬の魅力を最大限に引き出す調理方法など、料理を美味しく食べる道は奥が深い。そんな事に気付かされたのも子ども時代の原体験があったからだ。
なんでもプラス志向に考えていこう。メニューや味に文句を言う前に、まず「食べられる=生きていける」大切さをきっと祖母はわたしに教えたかったのだろう。いまは極意を得て自分流に「すじと菜っ葉」をつくり、定番メニューとして復活している。おかげでエンゲル係数は上がりっぱなしだ。「小さい時にろくに食べられなかったから、食にはこだわりたい」となってしまう反動をおそろしいと感じてしまうのは私だけなのだろうか。
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